『そうやって、なんか必死にしがみついて仕事とってる人が知り合いにいるよ。』と、友人に言われました。
彼女は言葉のチョイスが下手なだけで、別に嫌味を言いたかったわけではないのだと思っています。言った事すら、本人は忘れているでしょう。
それ位、なんてことない会話の一部。 ただ、その言葉に私は胸をぎゅっと握りつぶされ、色々考えました。
アクセサリーだけじゃなくて、イラストの仕事もしてみたいな。お店を持てたら輸入雑貨とかセレクトショップとかも楽しそうだなって思うの、なんて夢の話を数人の友人同士でお話していた時の事。
『もしイラスト関係で何か繋がりそうな人がいたら教えてっ!』と言った私に、イラストレーターとして独立した女性が知り合いにいるよと。
そしてその女性は彼女いわく『必死にしがみついて』いると。
話の内容的には、独立して仕事を取るのに必死で同級生から同じ職場の友達や先輩などにとにかく仕事の依頼やそれにつながる関係を紹介してほしいと頼み込んでいるようでした。
なんとなく、嫌な印象と同時に『私も今そうやって見えているから、そんな風に言われたのかな?』と不安になりました。
時に必死過ぎる姿は、人に不快感を与えてしまいます。私はきっとその必死さや余裕のなさを全面に出してしまうタイプなので気を付けなければと思ってはいるのですが。
だから独立した時もひっそりと活動し、本当に親しい友人数人にしか報告しませんでした。自分の作った物を買ってほしいなんて口が裂けても言わないと心に決めて。
むしろ、欲しいから買いたい!と言ってくれる友人からすらお金をもらうのが本当に嫌で、『本当に気に入って欲しいと思っているのかな?それともお祝いの気持ちで買いたいと言ってくれているだけなのかな?』と、いつも不安でした。
話は戻りますが。『必死にしがみついて』という言葉が家に帰っても頭から離れず、それについて考えました。なぜ、こんなにモヤモヤするのか。
何か月も前に事なのに、未だに頭の中に強く残っていて。
それはきっと、独りで仕事を始めた人にしか分からない苦しみをマイナスな感情で表現されたから。私はその女性に会ったことはないけれど、その人の必死さを何だかわかったのです。
独立なんて大それた言葉を私なんかが使う事はおこがましいですが。それでも独りでやってみないとわからない事もあります。
会社にいた時に、どれだけ守られていたか。それに本当に良く気付くよと言う話は、同じ状態になった人同士でしか多分本当の意味では分かり合えません。
誰も守ってくれない。自分で始めた事だから。だから必死に、しがみつく位のガッツがないと、無理なのです。
頭も良くて人脈もある人なら話は別かもしれませんが、私の様に特に目立った何かを持っていないようなタイプが成功(お金持ちになるとかではなく仕事として生活できるレベル)するには本当に必死にならないとまず出来ない。
その必死さを不快に感じさせてしまっていたのなら気を付けなければいけないな、と思う反面、頑張っている自分を否定したくないという気持ちになるのです。
そのイラストレーターの女性も、頑張り方を変えて応援してもらえるような活動の仕方が一番いいのだろうけれど、そこまで気が回らないほど一心不乱に働いているのだろうと思います。
そして私は、そんな人の気持ちが良く分かる。
私も、きっと必死だから(笑)
今でこそ少しのんびりしていますが、始めた当初は右も左もわからず本当に不安で余裕がなくて。その女性と同じような印象を誰かに与えていたのかもしれない。
でも。
不快感を与えないように気を付けなければという気持ち以上に、人の目なんか気にせず情熱を燃やせるくらい必死になれる何かを見つけられる事が私は素敵だなと思っています。
夢の形は、時間とともに変わっていく。
人生は長い。
結婚や出産、女性にとってそういったタイミングは人生においてとても大きな分岐点になる。
だから子供の頃に夢見た自分と今が違っていても、幸せだと感じれる人は多い。
『しがみつく。』
私は、振り落とされずにしがみついていられるだろうか?
『しがみつく』と言う言葉を、みっともないものとして認識したくない。
私が尊敬する経営者の方がこう言っていました。
『みんな生活するためにお金を儲ける。その中で何をしてお金を儲けるかを自分で選択できる人は少ない。ほとんどの人は生活をする為だけに何かをせざるを得ない。誰か目標となる人が見つかると良いね。』
子供の頃に夢見た職業につけた人は、いったいどの位いるのだろうか?
学生時代に夢見た職場で、環境で、今を生きている人はどの位いるのだろうか?
大変だけど、毎朝起きた瞬間から今日やる事でワクワクしている人は?
だから。
私はきっと、人生において何か特別なタイミングが来る時まではこの仕事にしがみついているに違いない。
大きな不安と、必死にしがみついていたい『好きな事で生きていく』という情熱を持ちながら。