※このお話はフィクションです。お酒の神様バッカスを呪う2月生まれの酒豪ヨウコちゃんのお話。
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私はお酒に酔った事がない。
正確には『酔っ払って我を失ったことがない』のだけれど。
熊本出身で両親もお酒が強かったのでそれが遺伝したのだと思う。
あぁ、こんなに恨めしい事があるだろうか。
年頃になった私は、お酒を飲んで『酔っ払っちゃった♡』と甘える事も出来なければその場の勢いで『どこかゆっくりできるところに行きたいな♡』と言う経験も出来なかった。
そんな経験してみたかったの?と、親友のエミは笑うけれど、エミの様にそれをしている女に言われると正直イラっとして悲しくなる。
カシスオレンジ1杯で顔が真っ赤になり楽しそうにできる女の子ほどかわいい物はないと私は思っている。
ビール5杯からの富乃宝山をボトルで頼む女は絶対に可愛くない。
気になる男性と飲みに行ったとしても、いつまでたっても酔っ払って可愛くならない私に彼らはがっかりしているように見えた。
そこまで顔面偏差値が高くない女だったとしても、彼らからすれば酔っ払ってヘロヘロしていれば自然とそれなりに可愛く見えるというのだから不思議である。
『なんだろ、ちょっと無防備な感じってよくね?その方が俺らもプレッシャーないって言うか。だからお前みたいないつもシャキッとしてる感じの女はいきずれーわ。』
こんな事を言う中学の同級生イケメンを、私は『無邪気で正直者のクズ』だと思った。
それでも、本音を言い合える数少ない友人なのだけれど。
飲みに行ってもいつまでもきちんとしている私は、多分あまり距離感が縮まらない。
『ヨウコさんって酒強いっすよね!』私の事をみんな「ちゃん」付けではなく「さん」付けで呼ぶ。
同い年だろうが年上だろうが、皆私に対しての接し方と神白石萌音のようなエミちゃんに対する態度は全く違う。
なんならエミちゃんは私より3つも年上、サバ読みの31歳である。
こんな小さな事をクヨクヨ気にする性格だというのに、天海祐希や菜々緒のようなキリッとした見た目だけにそんな風に見えない。
男勝りで細かいことは気にしない性格の持ち主、の様に見えてしまう。全然違うのに。
私だって、出来る事なら酔っ払って誰かに無防備に甘えてみたい。
でも私みたいな女がそんな事をすると何故か世間の目は冷たく、『清楚系ビッチ』だなんて言われてしまう。
他の子がやっても大して珍しくもない事を私がやると『計画的』で『計算』された行動だと揶揄される。
あーあ。
どうして神白石萌音みたいないい感じのふわっとした雰囲気の顏に生まれなかったのだろう。
ああいう、特に何も考えてなさそう、計算なんて頭の片隅にもありませんでした!みたいな雰囲気は生まれ持ったものだから、きっと頑張って努力したところで手には入らない。
そんな愚痴は言えないので『他人に甘えて許されるほど若くはないので。』と棘のある冷たい言葉を言って話を切る。
エミは『ヨウコちゃん、2月生まれだもんね。誕生石アメジストでしょ?お酒の神様バッカスに愛されているんだよ。』と、真っ赤な顔でカシスオレンジを飲みながら言った。
***
2月の初め、まだコートを羽織らないと外に出れないような寒い日に、私はひそかに恋心を抱いていた男性と飲みに行く事になった。
どうして大人になるとお茶しに行こう、ではなく『飲みに行きましょう』になってしまうのだろう。
お酒を飲んでもみんなの様にハッチャけたり出来ない。
何を飲んでも同じなら、私は砂糖とミルクのたっぷり入った甘いカフェラテが飲みたい。
そんな事を思いながら彼と近所の居酒屋に来た。
仕事先で出会った彼とは何回か昼間に打ち合わせをしながらお茶をした事がある。
爽やかで口数の少ない、八重歯の可愛い人だった。
『何飲みますか?』どうせビールだろうなと思いながらも聞く。
『いくつに見えますか?』と聞かれることを分かっていておいくつですか?と訊ねる時の様に。
『あ、俺、お酒飲めないんです。』照れたように笑いながら彼は真っ白な八重歯をのぞかせていった。
とても綺麗な歯並びなのに左の犬歯だけ取って付けたように三角に尖っているその歯が、私は何だか好きだった。
『え?今日車ですか?』
『いや、俺体質的にお酒飲めないんです。気持ち悪くなっちゃうんで。』
お酒が飲めないというのに、こんな日本酒やワインの種類が多い所をわざわざ予約してくれるなんて気遣い出来る人なんだなと思った。
遠慮せずに好きな物飲んでくださいと言う彼の言葉に甘えて私はワインを頼んだ。
会話は楽しく、あっという間にラストオーダーの時間が来た。
コロナウイルスのせいで都内の飲食店は20時に閉店だというのをすっかり忘れていた。
こんな時期に不要不急の外出なんてするなと言う世間の眼差しは痛いけど、それでもどうしても行きたかった。
こんな時期に誘ってくる時点で彼の人間性も若干怪しく写るが、そんな事構うもんか。
28歳独身、facebookもアプリ嫌いで未登録。こんな風に自然と出会って好きになれるチャンスはそうそう来ない。
私は一緒にいたかった。
明日は土曜日でお休みだというのに、20時を過ぎた池袋は嘘みたいに暗くて静かになりつつあった。
駅まで遠回りしましょ!と笑いながら言う彼と散歩ついでにゆっくり歩く。
あぁ。お酒が弱ければな。そんな思いが頭をかすめる。
まだ、もう少し彼と一緒にいたかった。もっと色々話したかった。
コロナがなければ、わざと終電を逃したりしてもっと一緒にいれたのかもしれないのに。
コロナのせいで、私はいつもに増してきちんと早く帰ることになる。ソーシャルディスタンスだってキッチリ保ちながら。
どこまで行っても、私ってこうなんだ。エミちゃんが心底羨ましい。
『明日ってお休みですか?』唐突に彼が聞く。
『俺んち、目白なんですよ。こっから歩いて15分位。嫌じゃなければうちでもう少し飲みませんか?』
タクシーじゃないんかい!と全私がツッコミを入れたけれど、そんな事はどうでも良いくらい嬉しかった。
こんな事を言われたのは人生で初めてだった。
『タクシーで近いんですよ』ではなく、お散歩しましょうよ、と言ってくれる彼が好きだなと思った。
『あ、いや、全然そーゆー下心とかはないんでもし気を悪くしたらすいません!』早口で顔を真っ赤にしながらそう言う彼に、私は素っ気なく『大丈夫ですよ。』と言った。
『でも出来れば、お酒じゃなくて温かいカフェオレを一緒に飲みたいです。』
喜んでいる事を悟られまいと冷静な口調でそう言った私は___
きっと誰が見てもとっても嬉しそうな顔をしていたに違いないと思う。
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おしまい
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