※このお話はフィクションです。鮮やかな赤ではない、ダークレッドの心を持つルミちゃんのお話。
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結婚式で、心の底からおめでとうと思った事が今の今まで一度もなかった。
というのも、羨ましいと思える結婚をした人が周りにいなかったからだ。
20歳そこそこでおめでた婚だった子や、何故か30歳までに結婚したいという熱い想いの子、経済的な安定を求めて就活の様な結婚をした子。
そんな人しか周りにいなかった。

1点物ガーネットリング
仲間内で一番リア充に見えたレイナの言葉は、「もっと色んな人見てから結婚すれば良かったぁ。」だった。
24歳で結婚したレイナは、可愛くてチャラくてとてもモテる子だった。
レイナは渋谷のクラブで出会った2歳年上の、イケメンで次男、年収800万の彼氏と交際1年でめでたくゴールインした。
何事もなく幸せそうに見えた彼女は、結婚2年目にして浮気をしていた。
「何か、おばさんになる前に結婚したかったけど、よく考えたら私全然遊んでない。20代後半って、一番モテない??」
子供がまだおらず、専業主婦が暇だと最近アルバイトを始めたレイナは、バイト先で二度目のモテキ期を満喫している。
穏やかでとにかく優しい、一回り年上の男性社員と浮気をしているらしい。
「ルミも結婚したら絶対分かるって!!」
悪びれもなくキャッキャと話をする彼女に、多分旦那さんも同じことをしているだろうと思った事は口には出さなかった。
私はそっと、失望した。

1点物ガーネットリング
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20歳で子供に恵まれ結婚したマリは、「理想の人との結婚なんて無理だよ。」と悟ったように言った。
「子供がいるし、それなりに幸せだよ。不幸ではない。でも、結婚って我慢の連続だよ。
まぁ、でも人生ってこんなもんでしょ。皆きっと、こんなもんだよ。
本当に大好きな人とは結婚できないんじゃない?初恋は実らない的な。」
本当に好きな人が他にいたの?と喉まで出かかった言葉をぐっと飲み込み、そうだねと呟いた。
「ルミも、そのうち分かるよ。」
幸せそうな家族に見えていたのに、結婚は妥協だよとサラリと言ってのけるその姿を見て、やっぱり私は静かに心がざわついた。

ガーネット3㎜リング¥5,500
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「どうしても30歳になる前に結婚したかったから、これで良いの。」
そう言い切るユキは公務員と実質半年しか付き合わずに結婚した。
プロポーズはなかったという。
「歳も歳だからダラダラ付き合う気なかったし。女はそこまで時間が残されてないんだから。」
結婚してすぐに子供が出来て、きちんとなりたかった夢の専業主婦になっている。
結婚した時期と出産の時期は曖昧な謎に包まれているが誰もその事を口にはしない。
「30歳までに結婚して、お金もそこそこあって、子供もいて、皆がやってる事一通りやるのが私の夢なの。」
ハキハキと話す彼女は本気でそう思っているようだった。
「ルミも、彼氏が出来たらきっと分かるよ。」
私は誰の結婚式も、心の底からおめでとうと言えず、静かに結婚に対して温かい気持ちがなくなっていった。
というか、結婚とはそもそも、『恋して愛した大好きな人と一生一緒にいる事』ではなく、
『適齢期にそれなりにストレスなく一緒にいれる経済的にも社会的にもさほど問題のない“良い意味で”適当な人』とする事なのかもしれないと思った。

四角ロードライトガーネット¥5,800
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32歳になった冬の日、私はそんな女友達たちと久しぶりに会った。
レイナ、マリ、ユキ。私とリンとサヤカは独身だった。
(リンちゃんのお話はこちら→https://baroque-bright.com/very-short-stories/2022/02/11/citrine-woman-2019-11/)
「結婚したーい。」が口癖のリンの指には、いつもキラキラした指輪が右手の薬指に輝いている。
「今の彼氏とは結婚しないの?」
ぬるいカプチーノは嫌だな。お代わりしようかな、なんて事を考えながら聞いた。
「したいんだけど、プロポーズしてくれないんだよねぇ。」
30歳を過ぎた女性の同じ悩みを、恐らく100万回は聞いた。
「てゆーか不倫だし!!笑」そんな事を笑って言える彼女は凄い。
高校生のペアリングじゃあるまいし、30を過ぎた女性に指輪をプレゼントしておいて何故まだプロポーズをしないのか私には良く分からない。
指輪ではないジュエリーを贈れば良いのに。
「自分から言ってみれば?男の人って、責任あるから言うのに時間かかるって聞くし。」
と、優しくて明るいサヤカが言った。
「そうだよねぇ…私、もう若くないから結婚してくれないなら他探さないといけないし!」
同じく100万回はきいたセリフをリンは言った。
他を探さなくてはいけないという言葉が、更新時期の迫った不動産の様な気がしてならない。
皆、同じことを言う。
そして同じ事を言えない自分が何だか奇妙な気さえして嫌になる。
共感出来たら、この会話はきっと、何百倍も楽しい物になるはずなのに。
彼氏が欲しいと思った事はおろか、結婚したいと人生で一度も思った事のない私は、もしかしたら頭がオカシイのかもしれない。
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それから少し追加のケーキを食べたりして間が空いた後、サヤカが「あのね、」ともじもじしながら口を開いた。
「私、来年結婚するんだぁ。」
笑顔がこぼれるという事は正にこの事なのだというくらい、サヤカは幸せいっぱいの顏で言った。
「えーーー!!!おめでとう!!」「どんな人?」「いついつ?」
一気に華やかになるテーブル。
おめでとうの花が咲き乱れ、デパートの1階の化粧品売り場のような甘い香りで息が出来なくなるような感覚。
「えー良いなぁ。」と心にもない言葉を小さく言ってニコニコする私は、自然に見えているだろうか?
「付き合って半年位なんだけど、一緒に住もうかって話をしていて。」
恥ずかしそうに、でも幸せいっぱいに彼女は話した。
「彼ね、私にいつもありがとうって言ってくれるし、あ、当たり前の事しかしてないのに。
あといつも可愛いねって言ってくれたり。それから月の記念日に花束を贈ってくれるの!」
贈ってくれるのではなく、『送って』くれるのだという事を私は知っているけれど。
「先月は、誕生石のガーネットのリングを贈ってくれたんだ♡」
照れながら豪華な花束の写真と贈られた華奢な指輪を見せるサヤカは、とても幸せそうだ。
「へー!めっちゃ優しいねー!」と言うレイナの言葉は、何の感情も入っていないただのブロックの様に見える。
言葉がブロックに『見える』だなんて変な表現かもしれないけれど。
「あとね、いつも寝る前に大好きだよって言ってくれるし、朝起きても言ってくれるの。」
普段、惚気たりしないサヤカがこんなに彼氏の話を嬉しそうにするなんて意外だった。
「今はアメリカでパイロットをしてて忙しいんだけど、連絡はマメにくれるし電話も良くしてくれるんだ。」
「え、まじ!?パイロットとかヤバ!!!彼氏写真ないの!?見たい!!」
マリが勢いよく言う。
「見たい見たい!」皆が一斉に騒ぐ。
「えー写真良いのあるかなぁ?一番いいやつ見せたい!」そう言ってスマホの写真フォルダを探すサヤカはニコニコしていた。
見せてくれたのは、身長182㎝、オシャレなスーツに身を包む、ハーフ顔のモデルの様な男性だった。
「え、やば!!めっちゃイケメンじゃん!すごーい!!」
「えへへ~。そうでしょー??私、本当に本当に彼の事大好きなんだぁ。」
普段自慢話も惚気話もしないサヤカに、こんな一面があったのだなと意外に思った。
「ね、ね、どこで知り合ったの??」マリが口紅を引き直しながら聞いた。
『ルミにもいつか分かるよ。』と言う本来ならばプライドを傷つけられてもおかしくない言葉を、
傷付く事なく薄ら笑っているような私には、多分一生分からないのだと思う。
アーメン神様。可哀想に、私はそういう人間なのだ。
ふふふ。みんな、ロマンス詐欺って言葉を知っているかなぁ?縁がないから知らないかしら。
この後、彼とはアプリで知り合い一度も会ったことがないという事実を知り皆の顔がこわばるのを密かに楽しみにしている私は、
なんて性悪で、
なんて罪深いんだろうと思うのでした。
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おしまい。
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