※このお話はフィクションです。10月の誕生石、オパールのようなハルカちゃんのお話。
***
ハルカちゃんは、いつも眠そうだった。
大きな瞳はいつもまどろんでいるようにトロンとしているし、話し方も凄くゆっくりだ。
そして声がいつも小さく、まるで内緒話をしているように感じてしまう。
彼女の声があんまり小さいので、こちらまで何だか小さな声になってしまい、本当に内緒の話をしているような特別感があった。
笑い声すら小さく、歯を見せて笑うところを見た事がない。
少し風変わりな彼女は友達がなく、いつも一人でぼんやりしていた。
駅までの道のりでふと見かけた彼女は野良猫になにやら話しかけていた。
野良猫と、まるで人間の友達の様に並走してゆっくりと歩きながら何やらひそひそ猫に話しかけている彼女を見て僕は物凄く不思議な気持ちになった。
猫は途中でハルカちゃんとは別の方向に曲がり、まるで「私こっちだから。またね。」と言っているようだった。
ハルカちゃんは、そんな女の子だった。

レーシィオパールリング ¥12,600
***
出会った瞬間、僕はハルカちゃんのとりこだった。
4人姉弟で年の離れた3人の姉にぎゃあぎゃあ言われながら甘やかされて育った僕は、大人しい女性が好きだった。
幸い容姿に恵まれ、高校時代は華やかな女子たちが常に僕の周りにいた。
そして大人しい僕は、肉食系女子の強めのイケてるギャルや、清楚系を売りにしている実はぐいぐい来る女達からいつも狙われていた。
そういった可愛くてイケてる女の子たちは姉たちによく似ていて、やかましく、高圧的で苦手だった。
そんな中で。
ハルカちゃんは一人だけ違った。
何とも言えない、つかみどころのない不思議な人だった。
***
僕の通う高校は私服通学の所だったのだけれど、
彼女は、いつも天然石のオパールのリングやネックレスを身に着けていた。
そんなに天然石に詳しくない僕がなぜそんな事を知っているのかというと。
クラスの自己紹介の場で彼女が「10月生まれなのでオパールが好きです。」と言ったからだ。
シンプル過ぎる洋服にいつもジャラジャラと着けているそのアクセサリーたちが何故か彼女のトレードマークの様で___
___まるで魔女が付けている魔法の道具の一部かのようで印象に残っていた。
ハルカちゃんって魔女っぽいよね、という話から「アイツさぁ、ハリーポッターに出てくる“不思議ちゃん”に激似じゃね?」
という男友達の一言が気になり、僕はすぐに【ハリーポッターに出てくる不思議ちゃん】と検索した。
すぐに出てきたプラチナブロンドに透けるような肌のトロンとした瞳の子は、ルーナ・ラブグッドというらしい。
映画の役名らしいが、映画を見ると本当に似ていた。
ハリーポッターなんて初めの2作しか見ていなかったが、この子が出るならもう一度見直してみたい、なんて思った。
***
その頃、たまたま寄った北千住のルミネで期間限定のPOP UP Shopがあった。
キラキラと輝くアクセサリーたちがみっちりと小さな空間にひしめいていた。
何の気なしに見ていると、ふとある指輪に目が留まった。
【エチオピアオパールの誘惑】というPOPの下に、沢山のリングが並んでいる。
一見透明の様な乳白色の中に、青やピンクの様々な色が見えた。
その何とも言えない煌めく色に思わず目が離せなくなり、じっと見過ぎていたせいか店員にまで話しかけられてしまった。
「プレゼントでお探しですか?」
ビックリしたのと恥ずかしさも相まって、「いえ、」と短くぶっきらぼうに言って僕は急いでその場を離れた。

エチオピアオパールリング
***
家に帰ってから気になってオパールについて色々調べてみた。
何故そんなことをしたのか、、、僕はどうやらよっぽど暇だったのか、あるいは___
いや、僕は彼女に恋心を抱いていた。
でもそれが恋なのか、単純に不思議な魅力に興味があったからなのか今でも良く分からない。
ハリーポッターに続き、僕はハルカちゃんを連想させるものに興味を持ち過ぎだった。
オパールも色々と種類があり、見た目も全然違うという事を知った。
黒い物や青い物、白い物や透明な物…
他の宝石と違い、全く異なる種類に見えるこの不思議な石を、僕はすっかり気に入りハルカちゃんとかぶせて見るようになった。
角度を変えて見るとまた違った色に見えるという何とも魅力的でつかみどころがないような所が、ハルカちゃんに似ていた。

トリプレットオパールリング
***
それは10月も終ろうとしている肌寒い水曜日だった。
予備校の帰り道、友達と別れ暗くなった道を一人歩いていると遠くでかすかに女性たちがワイワイと騒いでいるような声がした。
何だか妙に気になって声のする方へ歩いて行くと、そこには数人の女の子とハルカちゃんがいた。
いつも人のいない、広いのに遊具が絶望的に少ない公園。
そこは街灯も少なくて木ばかりが生えているような少し変わった公園だった。
何だかただならぬ雰囲気に足がすくみ木の陰から黙って見ていると、一人の女の子がハルカちゃんの肩をぐいと押し突き飛ばして怒鳴った。
ハルカちゃんはその場に座り込み黙っている。
心臓がドキドキする。息をするのも苦しい。こんな時、一体どうしたら??
更に他の女の子もハルカちゃんをつき飛ばしたり持っている鞄を逆さまにして中身を土の上に投げ捨てた。
いじめ???どうしよう??声をかけるべき??でもただの喧嘩かも???
喧嘩なわけがない。そんなことは雰囲気で分かる。
でも臆病で弱気な僕は、男だというのに足がすくんで突っ立っている事しか出来なかった。
突っ立っている事しか出来ないというのに、目をそらすことなく、むしろ釘付けになってその場に立ち尽くしていた。
4人の中の一人が、ハルカちゃんの首についてるネックレスを引きちぎり、そのまま握りしめて遠くに力いっぱい投げた。
落ちた音すら聞こえずに、ネックレスは暗闇の雑草の中に消えていった。
「あっ!!」と、ハルカちゃんが大きな声を出し、そして数秒その子を睨み付けた。
そしてゆっくりと自分の指から全ての指輪を外し、丁寧にポケットにしまった。
そして次の瞬間、すっくと立ちあがり勢いよく相手の女の子の顔面を殴った。
・・・顔面を、グーで、殴った・・・。
1㎜の迷いもなく、顔のど真ん中を、握りこぶしで勢いよく。
まるでスローモーションのように女の子は倒れ、キャア!!という他の女の子の悲鳴が小さく聞こえた。
女の子は鼻に手をやり、震えているようだった。
多分、鼻からは血が出ている。
薄暗い中で鮮血は黒っぽく見えた。
僕の心臓は人生で一番早く鼓動していたと思う。
それなのに、風が吹いた時にふわりと金木犀の甘い香りがしていた事に気が付くなんて本当に僕はどうかしている。
他の女の子がハルカちゃんに殴りかかろうとしたとき、彼女はまた固く握った拳で女の子の顔面を殴った。
更に一人、立ち向かってきた子の顔面を殴った。
残った一人の女の子は僕同様立ち尽くしている。
誰も何も言わない。物凄く静かな時間が流れた。
ハルカちゃんは泥だらけの鞄の中身をきちんと拾い、服の汚れをはたいてこちらへ歩き出した。
静かすぎる永遠にも感じる時間が溶けだし、カラスの声と、もうすぐ消えそうな鈴虫の声が静かに聞こえた。
気が付くとハルカちゃんは僕の目の前に来ていた。
パニックになる頭、乾く唇、汗でぐっしょりな背中。
色んな思いがぐるぐるして、何か言葉を、良い言い訳を、必死に探す僕に、彼女はとてもとても小さな声でこう言った。
「指輪が歪んだら嫌だからだよ。」
一瞬、何を言っているのかわからなかった。
何を言われているのかわからな過ぎて、夢かと思った。
一言そんなことを言った後、ハルカちゃんは何事もなかったかのように僕の横をスッと通り過ぎた。
***
ハルカちゃんは次の日から、二度と学校へは来なかった。
それでも誰も何も気に留めず、時間は普通に流れ、何事もなかったかのように僕らは高校を卒業した。
あの言葉を、僕は時々思い出す。
「指輪が歪んだら嫌だからだよ。」
あの後、指輪が歪むってなんだ?と必死に考えた。
そして、ハルカちゃんが女の子を殴る時に指輪を外した時の事を思い出した。
指輪を外したのは相手の顔が傷つかない為でも自分がケガをしない為でもなく、自分の指輪を傷つけない為だったのだ。
僕は何も言っていないのに、突然そんな事を言うなんて、やっぱり彼女はルーナ・ラブドッグに似ている。
大学の友達の紹介で知り合った少しヤバめの元ヤンの人がこう言っていた。
「喧嘩するときは、迷ったりひるんだりした時点で負けなんだ。」
根性焼きが痛々しく残る、タトゥーでいっぱいの腕を見ながら僕はぼーっと話を聞いていた。
見た目とは裏腹に、彼は物静かで頭の良い人だった。
「だから、相手が二度と反撃しようと思わないような一撃を始めに食らわせる事。」
あんなに大人しくて、か細くて、儚げなハルカちゃんがそんな事を知っていたとは思えないけれど。
僕は今でも時々彼女の事を考える。
僕の知るハルカちゃんは甘く儚い美しい妖精の様な想像上の女の子で___
実際は力強く情熱的な人だったのかもしれない。
僕の見る角度からは見えない色が、あの日一瞬にして強く輝いたように感じた。
オパールの薄い乳白色の青やピンクの中に見えた、一瞬の紫色のギラつきの様な。
今となってはもう何も知る事は出来ないけれど。
風の噂で、彼女は海外に行ったと聞いた。
僕は何だか、物凄くそれがしっくりきた。
10月になるたび_____、
鈴虫の声を聞き、金木犀の香りを嗅ぐたびに、
僕は美しいオパールと、儚くて激しいハルカちゃんの事を思い出す。
おしまい。
コメント