【このお話はフィクションです。7月の誕生石、ルビーとある女の子の物語。】
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カラッと晴れた清々しい夏の日曜日、私は息をのみ目を見開きながらテレビ画面に釘付けになっていた。
心臓の鼓動が早くなり過ぎて、このまま心臓発作かなんかで倒れるのではないかと頭の片隅で思いながら。
テレビに、彼氏の元カノが出ている。
SNSで一日200回は見ている、ULKIEとBEAUTY+で加工された自撮り画像とその顔は若干違っていたけれど。
いや、実際の所、かなり違った。笑
肌はそこまで綺麗じゃないし、太っているし足もかなり短い、目も小さいし、更に私服がくそダサかった。
こんなに動揺しているのに、なぜかそんなことを一瞬にして分析しホッとしている自分は、実は凄い女なんじゃないかとか思った。
日曜の微妙な時間にやっている、なんとなく見ているドキュメンタリー番組。
売れないホストや悩めるトランスジェンダー、上京するも挫折する青年、突然無職になってしまったおじさんの苦悩、そんな様々な人にフォーカスしているノンフィクションのドキュメンタリー番組。
今回は、『歌手になりたい地下アイドル ~夢を追いかけて~』らしい。
毎回楽しみに見ている訳でもないのに、よりにもよってこの回を見てしまうとは、あぁ神様、私は何か悪い事でもしたのでしょうか?
そのアイドルグループで水色担当ことマイカと名乗る女を、私は呼吸困難になりながら瞬きもせずに見つめた。
「小さい頃から歌う事が大好きで、自分の歌で皆を幸せにしたいと思って活動を始めました。」
月並みなコメントを、まるで誰も発したことのないオリジナルの名言のように目を輝かせて話している。
「今はアイドルだけど、将来は歌手や女優としても活躍したいと思っています。」
上目づかいで宇宙人の様なカラコンを入れた太った女の子が、可愛らしい声で歌っている。
髪の毛はビックリするくらい傷んでもさもさ、このままテレビ出て良かったの?私だったら前日に死ぬ気で2万位のトリートメントするけどな、と心の中で思った。
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私は身長166㎝、体重43㎏。
肌の色は白く、大きなハシバミ色の瞳はよくハーフかと間違われるし、地毛は絹糸の様な柔らかく細い艶のある栗色ストレート。
自慢じゃないけど、いや、自慢だけど、見た目には多少なりとも自信がある。
今どきの可愛い子ではないけれど、綺麗だと言われることは人生の中で何度もあった。
その恩恵を受ける機会も多々あった。
先生のえこひいきに、カフェで案内される素敵なテラス席、他の人にはないサービスのケーキにどこでもすぐ受かるバイト、就職活動の面接…
この容姿のおかげで彼氏が出来たと言っても過言ではないと思っている。
だって、私の中身は最悪だから。
潔癖症で嫉妬深く、完璧主義で高飛車。
今の彼氏も、その前の彼氏も、そのまた前の彼氏も…と言うか、今までの全ての彼氏に『君の容姿が好きだ』と言われてきた。
「本当に綺麗な髪だね。」
まじまじと私の長い髪を見ながら、彼が心の底から言ったであろう言葉が、画面の中のもさもさの田舎臭い髪の女の子を見ながら脳内で繰り返された。
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私とのデートに2時間も遅刻してきた彼に、どこに行っていたのかと訊ねると、「友達の舞台観に行ってきた!」と、なんの悪気もなく答えた。
「友達って、大学の??」と聞くと「いや、、」と一瞬言葉に詰まり「元カノの。」と、今度はバツが悪そうに言った。
「でも、そうゆうんじゃなくて、なんて言うか、今は本当の《友達》なんだ。」
《友達》なので、連絡も取るしたまに会う事もあるという。
「ふーん、そうなんだー。でも何かやだなー。」
やだなーところではない。死ね。3回死ね。何お前?
こんな時代だから、あっという間に元カノの本名もSNSアカウントもすぐに出てくる。
友達の多い私は(といってもただの飲み友達でゴシップ好きな輩しかいないけど。)
すぐにSNSの追跡が得意なエンジニアのアスカちゃんに頼んで、2週間後にはその子の住んでいる場所も付き合っている男もやっている掛け持ちのバイト先までも突き止めた。
他の友達も協力し、その子のバイト先の仲間やお客さん、あらゆる人の話を集めてくれた。
あぁ。令和よ、昭和の時代で止まっていてくれていたらどんなに良かっただろう。
今の時代は便利になり過ぎた。アーメン。
こうして私は、1日なん時間もその子のSNSに張り付き画像を眺め、眠る事も食べる事も出来なくなり____
街ですれ違う小太りで背の低いそれっぽい髪型のダサい女が全てその女の子の顏に見え始め、
終いには50歳近い女性ですら見間違って、自分ではまともな判断ができなくなってしまった。
町中にその女の子の顏が溢れている。
過呼吸と吐き気に襲われ立っていることすら出来ない。
ついに、外を歩けなくなった。
常に不安に駆られ情緒不安定。
そう、めでたく私は、ノイローゼになったのである。
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ワンマンライブでオタクっぽいおじさん達10人程度に囲まれて嬉しそうに歌う、その女の子は___
いや、てか客少なすぎじゃね?というのはさておき。
この子は、板橋のさえないキャバクラで働きながらアイドル活動をしている。
今住んでいるタワーマンションは彼氏の家で、彼氏がいる事もキャバクラで働いている事も秘密らしい。
インタビュアーに生活費の事を聞かれ、「貧乏なのでなるべく節約しています!でも、甘いものはやめられないんですぅ」とプリンをほおばる。
…っ!ふっざけんな!!しっかりしろインタビュアー!
どう考えても収支があってないだろ。ツッコミどころ満載だろ!ちゃんと突っ込めや!!
ティファニーのブレスレットに部屋にいくつも転がるガキっぽいサマンサタバサの鞄の山、SNSで行きまくっている高いカフェやホテルのレストラン。
ニトリのシルバー色のスチールラックには山ほど洋服が掛けられていて、その中にはGucciとBurberryのバッグがあった。
モノに溢れ、ぱっと見ゴミ屋敷にすら見えるこの家(この子が一人で借りてる設定のボロアパート)では誰も気づくまい。
私のち密な調査では(正確には私の友人たちの)、これも彼氏が家賃を払ってくれているセカンドハウスなのだ。
くそぅ、こんな「貧乏でも頑張ってます♡」みたいな化けの皮を剥がしてやりたい…。
7帖のワンルームはぬいぐるみに溢れ、ダサいインテリアと毛玉だらけの敷きっぱなしの布団。
こんな埃っぽい部屋でどうやって暮らしているのだろう…汚い。
キキララのカーテンにドンキで売っていそうなヤンキー御用達的な柄のシーツという組み合わせは最高にセンスがない。
…てかこれ全国放送なのに恥ずかしくないのか?もう少し掃除でもすればいいのに…
結局、58分間ぶっ通しで見てしまった。
落ち着く為に煙草を吸いながら、あぁ、私は本当はこんなに悪口を言う女ではないのに、と心の中で自分を慰めた。
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元カノは、どんな美人かと思っていた。
私とのデートを遅刻してまで見に行ってあげたかった三流芝居の舞台。
それがあんな子豚みたいな、ちょっとかわいい女芸人みたいな子だったという事実が余計に事態を悪くしている。
絶世の美女なら、諦めもついたのだ。
それなのに、私が一番嫌いなタイプの『ワンチャン俺でもいけんじゃね?』的な容姿の、更にそれを逆手に取って甘える事を得意にしているタイプの女だったからもう最悪だ。
頭が爆発しそう。
何もやる気が出ずに、彼が帰ってきてからもイライラは収まる事もなく。
というかむしろ更に怒りは増していた。
そして悪い事に怒りよりも不安がどんどん大きくなっていった。
もしも、このドキュメンタリーがきっかけで人気が出て、これからテレビや雑誌、電車の広告なんかで今後この女を見る羽目になったら…
死んでしまう。
ただでさえノイローゼになり3キロも痩せ拒食症のような体の私は、きっと耐えられない。
BMI値は14を切りそうだ。
助けてほしい、でも一体誰に?だって、誰も悪くないし責められない。
誰も悪くない。・・・本当に?
イラつく私に彼がいたずらっぽく、無邪気に笑いながら、バカで無神経な質問をした。
「まーた機嫌悪くなってんの?俺なんも悪いことしてないのにー。」
「うあああああああぁあああぁあああぁああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
叫んだ後の記憶はない。
彼の、今まで見た事もない怯えた表情を見てから私は意識を失った。
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叫んだ後私は意識を失い、救急車の中で目が覚めた。
泣きじゃくりながら手を握る彼を見て、ぼーっとした頭でなんでこんなさえない男と一緒にいるんだろうとふと思った。
1日入院したあと、彼氏とは連絡を取らず、私は友達を呼び出し行き付けのバーで思いっきり話を聞いてもらった。
愚痴ではなく、ただの悪口を思いっきり聞いてもらい、誰が聞いても引く位意地悪で邪悪な言葉で彼氏とその元彼女を罵った。
その友達に、嫌われるのを覚悟で思いっきり話した。
本当の私は、夢を追いかける人を馬鹿になんかしない。
アイドルだろうがなんだろうが、そういう人を頑張ってほしいなって素直に応援できるタイプの人間だ。
相手がその子じゃなかったのなら、私はきっと普通に良い人でいられたのだ。
悪口を言っている時の私の顏は、本当に醜かったと思う。
でも、もう何もかもどうでも良かった。これ以上最悪な気持ちになんてならないと思った。
友達が何も言わず、うん、うん、とひたすら話を聞いてくれた事に心の底から感謝した。
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話足りずに、私は翌日も深夜から友達をバーに呼び出した。
次の日会社だとかどうだっていい。関係ねぇ。とにかく話を聞いてくれ。
今一人でいたらきっと私は狂ってしまう。いや、もう相当狂っているのかも。
仕事着のままバーに来た友達は、小さな紙袋を持っていた。
ひょいとカウンターに座り、スパークリングの日本酒を頼むなり私にその紙袋を手渡した。
「サイズとか分かんなかったんだけど、小指か薬指くらいなら入るかな??」
中には小さなルビーの付いた華奢な指輪が入っていた。
「左手の小指にすると願いが叶って、右手の薬指にすると心の安定が手に入るんだって。」
え、こんな高そうなもの良いの?と、おしぼりで手を拭きながら照れ隠しをしている友達を見つめた。
「なんかさ、神社のお守りとかにしようと思ったんだけど、7月誕生日だしルビーだし丁度いいかなって。」
深い意味はないんだけど、と言いたげで、でもその言葉をあえて飲み込んでいるようにも見えた。
やせ細った私の小指にはブカブカだった。
なので右手の薬指・・・心の安定・・・に、そっとはめてみると、まるでオーダーメイドしたかのようにピッタリとはまった。
真っ赤な中に、少しピンクがかった色合いの美しいルビーが私の白く細い指に輝いた。
「ルビーって、古来から嫉妬や愛への疑念を払う石で、精神の石って言われてるんだって。」
無言で指輪を眺める私と目を合わせることなく《友達》は言った。
「俺は《友達》だけどさ、嫌な事あってもずっとそばにいて話聞くから。」
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あれから3ヶ月、私はずっと昔から《友達》だった新しい彼氏(イケメンで金持ちで優しさの塊しかも次男)と一緒にいる。
少しふっくらとした私の薬指は6.5号になった。
もうあの指輪は薬指には入らなくなり、今では小指に、真っ赤なルビーのリングが輝いている。
心の安定を取り戻した私は、きっとこの後、願い事も叶うのだと確信している。
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おしまい
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指輪をつける位置によって意味があるそうです
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