このお話はフィクションです。
パールの指輪を貰う予定のリコちゃんと、それを欲しかった“私”のお話。
***
『6月の誕生石って、ムーンストーン?真珠?』
いつもたむろっているバーで、ほろ酔いのリコちゃんが言った。
『えーなんだっけ?ググろ。』そう言って光の速さでスマホを見て、ものの3秒で『どっちもだって!』とケイちゃんが叫ぶ。
『聞こえてるから!ほんと声デカいな!!』
私とリコちゃんの見事なハモりに、恥ずかしそうに照れ笑いしながらケイちゃんはググった画面を見せた。
『アレキサンドライトっていうのも6月らしいよー。あ、ちなみにパールの石言葉って純粋無垢だって!』
『リコちゃん、全然違うじゃんwww』なんて言いながらケイちゃんは残っていたハイボールをまるでアクエリアスのように一気飲みした。
リコちゃんは物凄く美人な、俗に言う軽い女の子だ。頭ではない。おしりの方。
“頭も軽いからそんなことするのよ”とある友達は言うけれど。
リコちゃんは物凄く賢い女の子だと私は密かに思っている。
軽いおしりも、何かしらの意図というか、目的があるが故の手段の様に思えてしまう。
『何でいきなりそんなこと聞くの??』
『今月誕生日なんだけど、彼氏の家でジュエリーの冊子見つけてさ。誕生石とかこだわりそうな感じだから聞いてみた。』
リコちゃんは酔っ払っても可愛い。
いや、むしろ酔っ払うと舌っ足らずでゆっくりしゃべる感じがMAXに可愛い。
『ジュエリーとか要らないんだけど。てか、現金かバック欲しい。それかワンちゃん。』
会うたびに変わるリコちゃんの美しいネイルを見ながら、私は『それな』と相槌を打つ。
本当は、全然そんなこと思っていないけれど、自分の意見を言うのが面倒だった。
『しかもさぁ、真珠ってすぐ傷ついちゃうじゃん?私酔っ払って棚とかドアに良く手をぶつけるから絶対すぐ傷だらけになっちゃうよ。
てか、そもそも自分の好きなデザインじゃなきゃヤダし。あー、サプライズとかじゃなくて一緒に買いに行こうって言ってくれる人がいいー。』
そんな人いっぱいいるじゃん。誰でも何でも買ってくれるじゃん、と心の中で思ったけれど。
やっぱり面倒くさくて『それな』とかそんな言葉を言って流した。
***
リコちゃんとケイちゃんが帰っても、私はまだバーにいた。
何だか帰りたくなかった。
自分の指についている小さな貝パールのリングを見つめながら、私は6月の誕生石をググった。
『6月 誕生石 真珠 意味』
…石言葉は純粋無垢、健康、長寿。人魚の涙が真珠となった、中国では昔漢方として飲まれていた…
漢方!?
クレオパトラが真珠を酸に溶かして飲んだと言われているように、コンキノミンアミノ酸という成分がシミ予防に効果的らしい…
見れば見るほど知らない情報がいっぱいで、しかもうっかりアマゾンに流され真珠パックなる物のページを開いていたことにハッとしスマホの画面を閉じる。
***
リコちゃんの、ジュエリーをくれようとしている彼氏は、私が好きだった人だ。
その事を、リコちゃんもケイちゃんも、その彼自身も知らない。
いや、その彼…ケイタはもしかしたら気付いていたかもしれないけれど、お互い何も言わず、丁度いい距離感のままただの大学の友達でいた。
『女ってさ、やっぱ宝石とかもらったら嬉しいもんなの?』キョトンとした顔で無邪気にそう聞いてくる彼を見て、胸が張り裂けそうになりながら答えた。
『そりゃあそうだよ。なに?彼女でも出来たの?』わざとへらへら笑って答えたけれど、緊張と動揺で顔が熱くなっているのを自分でも感じた。
人魚姫は、こんな気持ちだったんだろうか?
仲の良い私達は、こうして1週間に1~2回はこのバーに来る。
初めはケイタもその男友達も来ていたのだけれど、いつの間にか顔を出さなくなった。
ケイタにリコちゃんを紹介しなければ、こんな気持ちになったりしなかったのに、と自分を呪いながら氷が溶けてかなり薄味になったアマレットジンジャーを見つめた。
アマレットは、イタリア語で友達以上、恋人未満という意味なんだそうだ。
お酒を全く知らなかった頃、甘いけど、ちょっと苦くて飲みやすいよと勧められてすぐに大好きになった。
ココナッツの様な甘い香りと、杏仁豆腐の様な味。
アマレットとケイタとリコちゃんが頭の中をぐるぐるした。
リコちゃんには、彼氏が3人いる。
彼氏の定義が私とは違うけれど、面倒くさいのでリコちゃんのそういった男性をみんなまとめて“彼氏”と私たちは呼んでいる。
自由奔放なリコちゃんを責める気は毛頭ないし、どんな行動も私には直接関係がない。
例え友達だとしても、お互いのプライベートにとやかく口を出すほどの仲じゃない。
どうだっていい事。のはず、なのに。
ケイタと付き合った、と聞いた途端に私の心は邪悪なものでいっぱいになった。
本当はリコちゃんは何股もするしパパ活だってしてる子なんだよって、ケイタに言いつけて幻滅させてやりたかった。
でも、自分の友達である女の子の悪口を彼に嬉々として言う自分を想像し、あまりに醜悪なので止めた。
いや、本当はそんな悪口を言う女だと、もしもケイタに思われたらと思うとそれだけで吐きそうなほど怖かったからだ。
もう一度、自分の指についている小さなパールのリングを見つめる。
これは淡水パールではなく貝磨きパールというものだと、店員が熱心に説明していたけれど、一体どんなものなんだったっけ?
私はその長ったらしい説明よりも、単純にこのパールの薄い虹色の光の膜の様な美しさ…見た目が気に入ってリングを買った。
普段、アクセサリーなんて買わないのにフラっと入った店でなぜか惹かれてしまった。
ふと、思った。
ケイタもそうだったのかもしれない。
長ったらしい中身の説明ではなく、単純に…
私だったら。真珠のアクセサリーを貰ったら、ちゃんと、大切にするのに。
ドアになんかぶつけないし、手を洗う時だってちゃんとはずして優しく丁寧に扱う。
でも、そんな私ではなく雑な扱いをする美女の元へ真珠の指輪はお嫁に行く。
『私がもっと美人だったら良かったのかな。』
心の中でつぶやいたはずだったのに、それは独り言として口からこぼれ落ちていた。
ハッとした私に、『十分美人さんですよ。』と、バーのマスターが慰めの声をかけてくれた。
***
おしまい。
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