※このお話はフィクションです。プラスティックの様な、美しい偽物でいたいマリンちゃんのお話。
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整形個所は8か所。かかった金額は約860万円。
自分磨き♡とか言ってたいして行かないジムや効果のないエステ、似合わないブランドバックを買う奴よりは自己投資に成功していると思う。
「どうせ整形じゃん。」という女はたいていブスだ。
どうせ、という言葉にはヒガミが含まれている。
“どうせ”整形だから私だってなれるけどしないのよ、と訳の分からない安心感と自己肯定を押し付けてくる。
「自分が良ければいいと思うけど、そのままでも十分綺麗だよ。」と言ってくれた親友は天然の美人だった。
子供の頃から百万回はブスと言われたことのある私の心を理解できるのは、同じく百万回ブスと言われた事のある人だけだ。
そういう人にしか、私の事について私に意見する資格はない。
まるでハーフのようだと言われる私の顏は、その辺の一般人の中では悪目立ちするくらい美しい。
高く小さい鼻、大きな目、まっすぐにそろった均一なセラミックの歯、ほっそりとした体に、丁度いいヴォリュームのバスト。
真っ白な肌には、シワもシミもホクロもない。
最新のレーザーにプロテーゼにボトックス、ヒアルロン酸にシリコン。
色んな人工的な素材が私の体の中に入っている。
26歳。残された時間は長くはない。
自己投資した分、私は必ずこのお金や痛みや屈辱の何倍もの幸せを掴むと決めた。
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整形資金を貯める為、初めは渋谷のどんなブスでもデブでも受かるアットホームすぎるキャバクラで働いた。
時給2,700円。
寝ないで週7、学校終わりに毎日5時間、1年間。
こまめに美容整形を繰り返し、新宿や六本木のいわゆる有名店のキャバクラにも受かるようになった。
こうして元の顏とは全く違う美しい私が出来上がった。
学校に友達は一人もいなかった。そんな物、必要なかった。
私の周りの人間は、同じような事をする夜の美女で固めた。
そうしなければ、自分のやっている事の罪悪感と言うか、他人に言われる無責任で冷たい言葉に耐えられなかったからだ。
「言いたい奴には言わせておけばいいのよ。自分の人生よ。そんなブス達には関係ないわ。」
と、ツーンと言い放つ先輩キャバ嬢の言葉に、私はとても救われた。
美しさがこれほどまでに金を産むと、一体誰が教えてくれただろう?
学校できちんと教えてくれていたのなら、私はあんなに必死に勉強をする代わりに愛嬌を学びたかった。
ブスだった時の知識の貯金と、美人になってからの現金の貯金で、私は豊かに暮らしていた。
恋だの愛だのは要らなかった。
夜の世界で垣間見る男性の絶望するような言葉や行動に、すでに結婚はおろか恋愛すら諦めたいた。
「デートしようよ♡」「いくら払えばホテルまで行ける?」
子供の写真をスマホの待ち受けにしている大手優良企業の良い人そうな既婚者達が耳元でこう囁くたびに。
LINEで♡まみれの文章でしょうもない下ネタばかり連呼するたびに。
私はにっこり笑って何も言わず、心の中で彼らを殺していた。
独身ならまだしも、結婚してもこうなのかと、全ての男性に絶望していた。
それ位、全ての店に来る男性がこうだった。
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秋の風が気持ちのいい、晴れた10月の終わりに私はふらっと買い物に来ていた。
いつもは行かないアクセサリーショップに入ったのは、たまたま欲しかったオーガニックのヘアオイル売り場の目の前にそれがあったからだ。
期間限定のPOP UP のアクセサリーショップ。
通りの目の前に沢山出ていた青い石の付いた天然石のリングに目を奪われた。

トリプレットオパールリング
ぷるんとしたドーム状のゼリーの様な石は、色んな種類の青い色でキラキラと輝いていた。
チラチラと光る無数のラメの様な細かい模様も、角度によって変わるその色も、私の目と心をつかんで離さなかった。
私のすぐ横に同じようにこの種類のリングをキャッキャッしながら見ている2人組の女の子がいた。
合うサイズはあるか色々試していると、髪の長い瘦せっぽちの店員がその2人組に話しかけてきた。
「これ、トリプレットオパールって言うんです。」色白でソバカスの多い、化粧っ気のない女性。
もう少し、化粧を頑張ればそれなりに見えるのに。
「薄くスライスしたオパールの層を、プラスチックで挟み込んで接着している石なんです。」
「え?じゃあ、天然石っていうか半分プラスチックなの?」
2人組の20歳くらいの女の子が答える。ぽっちゃりとしていて、どこにでもいそうな顔の女の子。
「そうなんですよ。半分と言うか、割合で言ったらほとんどプラスチックです。」
そう言って店員は指輪になっていない状態の石を店の奥から持ってきて見せた。

トリプレットオパール
「ほら、この真ん中の薄い層がスライスされたオパールで、下の黒い物と上のドーム状の物はプラスチックです。」
「ほとんどプラスチックじゃない。なんだ、偽物か。」
若者にありがちな、棘のあるまっすぐな言葉。
でも何故だか分からないけど、美しいと心奪われた物の殆どが天然石ではなくプラスチックだと聞いて私も何だかガッカリしてしまった。
こんなこと聞かなければ、私は多分勝手に買っていただろうに店員もアホだな。
あえてマイナスな事なんて言わなきゃいいのに。
「そうですね。」その店員は、寂しそうににっこり笑った。
「確かにそう言われる方も多いです。高価な希少価値のある宝石かと言われれば違います。」
店員はゆっくりと沢山ある中の一つのリングを自分の手にはめてこう言った。
「それでも、目を奪われてしまいますよね?偽物とか本物ではなく、今目の前にある美しさが本物だと私は思います。」
大人しそうに見えてずいぶんとハッキリ物を言う人だなと思った。
「ほら、角度によってこんなに見え方が違う美しい物なのですよ。ゆっくり見ていってくださいね。」
女の子達はしばらく手に取って見ていたが、そのうち店からいなくなった。

トリプレットオパールリング
私はまだトリプレットオパールのリングを眺めていた。
真鍮に金メッキで出来たそれは、確かに高価ではなかった。
でも、20歳くらいの女の子が気軽に買うにしては少し高い気もする。
それ位、今の日本の景気は最悪だった。
消費税が10%の世の中に、みんな不満タラタラだ。
5,000円位なら買っても良いなと再びサイズの合うリングを試していたら、あの店員が話しかけてきた。
「…プラスチックで挟まれているからって、偽物だとは、私は思わないんですよ。
この薄い薄い美しい一枚の石を、プラスチックが上下から守っているんです。」
にっこり笑ってレジの方に消えていってしまったその女性に、何だか自分の事を言われたような気がした。
私は気に入った色のリングを手に取り、ゆっくりとレジへ向かった。
手の大きい私はあまりハマるサイズがないのだが、このリングはまるで運命の様にピッタリと私の薬指にはまった。

トリプレットオパールのリング
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「素敵な指輪ですね~♡プレゼントですかぁ?」可愛らしい声でそう聞く店の後輩に、
「ううん、自分で買った。」と素っ気なく答えた。
「えー!えらーい!マリンさんって、そういうところ本当に律義ですよね♡」
律義という言葉の使い方が間違っているが、そんな事は教えてあげない。
私は指輪を見つめながら、うっとりした。
まるでこの石が自分の様で可愛くすら思えてきた。
プラスチックまみれでも、こんなに美しく輝いている。
誰からも、偽物だなんて言わせない。
あなたは私にとっては本物なのよ、と心の中でリングに囁いた。

Triplet Opal Ring ¥12,600
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この日に出会ったお客さんは、いつもの人達と違った。
端正な顔立ちに、控えめな態度。来たくて来たわけではなく“連れて来られた人”にありがちな雰囲気。
でも、会って5分で私は何故か彼の事が気になって仕方がなくなった。
理由は分からない。
自分でも信じられないが、私は連絡先を交換し3か月後には彼と付き合っていた。
説明のしようがない、磁石の様なお互いが強く惹かれ合う心地いい関係。
お店で仲の良いマコちゃんは、「えー!すごーい指輪の力かもねー!!」なんて言っていた。
自分から誰かを好きになる事なんてなかった私は、とても不思議だった。
それと同時に、いつか別れるであろう心の準備をしていた。
彼は、私の顔や体を気に入って付き合ったに決まっている。
いつか別れた時にダメージが少なく済むように、心から信用したり期待するのはやめよう。
そう思っていた。
そんなある日。私の付けている指輪を見て彼が「綺麗だね。」と言ってきた。
日の当たる静かでオシャレな表参道のカフェでお茶をする私達は、多分良く映えている。
私は昔店員がしたのと同じ説明をし、「ほとんどプラスチックで天然石ではないっぽいけどね。」と言った。
すると彼は、へぇ、と曖昧な返事をし、まじまじと私の指輪を見つめてからこう言った。
「それでも綺麗だから、あんまり関係ないね。天然とか人工とか。」
“人工”という言葉にピクッと反応してしまい、私は意地悪な事を言った。
「じゃあ、人間も整形でも天然美人でも関係ないと思う?」
自分のリングを自分で人工という分には構わないが、他人に言われると何だかディスられているようで腹が立った。
彼はキョトンとして、私の目を黙って見つめた。
「…関係ないね。俺はどっちでもいい。」
嘘つき。と心の中で思った。
そしてじわじわと怒りの気持ちが湧いてきた。
「じゃあ、性格の良いドブスと、性格の良い天然美人と、性格の悪い整形美人、どれが良い?」
「ちょっと。(笑)なんで整形美人だけ性格ブスの設定なのさ。公平じゃないじゃん!!」
そう笑う彼に私は真剣な顔でこう言った。
「ブスのせいで性格も歪んだから整形っていう手段に出る奴が多いからだよ!私みたいに!」
話しているうちに怒りが湧いて抑えきれず、思わず感情のままに言葉を発した。
「・・・」彼は黙っている。
私の突然の怒りと整形の告白によって固まっているようだった。
こんなオシャレなカフェで、日の当たる時間に、こんな話をしてしまうなんて。
自分に嫌気がした。空気読めなすぎる。
しばらくして彼はコーヒーをすすりながらこう答えた。
「じゃあ、整形の子は一番色んなことを考えて知っているね。どちらの気持ちも分かるなんて良い事だ。」
彼の話し方や声はとても穏やかで好きだ。
それからゆっくりと私の瞳を見てこう言った。
「僕はね、そのトリプレットオパールの真ん中にある、美しい、薄くて脆い層が好きだし見ていたいんだ。」
何だか涙が出そうだった。泣き顔は醜いから嫌いだ。
「安心して良いんだよ。僕は、君の事が本当に大切で大好きなんだから。
もしプラスチックが剥がれそうになったら、プラスチックの代わりに僕がその薄い層を守るよ。」
他人が聞いたら恥ずかしくて真っ赤になりそうなセリフを、彼はいつも真剣に私にぶつけてくる。
真昼間のオシャレなカフェで、私は、顔を歪めて涙を流した。
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おしまい
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