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ダイヤモンドの女・トモ

※このお話はフィクションです。半分こに囚われるトモちゃんのお話。

***

大好きな美味しいお菓子を貰った時、母には必ずこう言われた。

『なんでも半分こだよ。分け合えば喜びは二倍で悲しみは半分こになるから。』

しつこいくらいそう言って育てられた私と妹は、何も分けたがらない大人になった。

「半分こにするくらいなら、初めから要らない。丸々一つあるから嬉しいんじゃない。」

そう言いながら大きすぎるフルーツパフェをほおばる妹を見て、確かに。と深くうなずいた。

子供の頃に炭酸飲料は骨が溶けるからダメ、ポテトチップスは油の塊だから、お菓子は添加物まみれだから、そう言って食べさせてもらえなかった。

大人になって独り暮らしを始めた私は冷蔵庫にコーラを常備していたし、棚には色んな味のポテトチップスがぎっしり詰まっていた。

そして食べろ食べろと言われ続けていた“体に良い”酢の物は絶対に食べない。

そんなんだから私も妹も大人になってから人と分け合う“半分こ”は絶対にしない。

妹とオシャレなカフェでスイーツをつつきながら私は2歳年上の彼氏の事を相談していた。

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3人目に付き合った今の彼氏は、貧乏だった。

2番目の彼がお金持ちなうえに頭も性格も良く完璧に近かっただけに余計比べてしまう。

しかも今の彼はその貧乏を全く悪いと思っていなくて、『お金はある人が払えばよくね?』と言い放った。

デートでレジ前に立った時にもたもたするのが死ぬほど嫌いな私は二人分をさっと出す癖がついてしまった。

それなのに彼はその後にお金を出そうとはしない。

何でそんな人と付き合ったのかと言うと、『おごってもらうのが当然と思っている女ってどうかと思う。』という言葉を友人含め周りの人から強く言われたからだった。

今まで奢ってもらうのは当然で、むしろ会うために時間を割いているのですけど?というスタンスだった私には全く同調できない意見なのだけれど。

それでも、もしかしたら自分の考え方は間違っているのかもしれないというほんの少しの不安な気持ちから“割り勘”を承諾するようになった。

初めてのデートで割り勘にしてきた今の彼は、とても話が面白く容姿も良かった。

バンドマンをしながら恵比寿のバーで働く彼は、人間関係が煩わしいと思うような私が自分から逢いたいと強く思うほど魅力的だった。

でも、どうしても割り勘が心のどこかで引っ掛かった。

友人たちは『不景気だしさ、しかもうちらもそんなに若くないしそこらへんは大目に見ないと。35までに付き合えないともう出会いないよ。』

と、それっぽい事を言われてなだめられた。

『トモちゃんは、いつも理想が高すぎるんだよ。多少嫌なところなんてみんなあるし妥協しないと本当に結婚できないよ?』

理想が高い…幾度となく言われたこの言葉はどうも腑に落ちない。

ほんのちょっと特別に感じたいだけなのに。

少しでいいから『きみは女の子だからね。』って気分を味わいたいという事は、そんなに高望みな事なのだろうか。

それとも“トモちゃんごときのレベルがそんな事を言うなんて”理想が高すぎるのだろうか?

友人の気を使ったような、でもなぜかマウントを取っているような言い方が妙に気になった。

お金以外に目立って嫌なところはなく、むしろ話は面白かったのできちんとお付き合いをし1年がたつ。

でも私はもう、限界だった。

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34歳にもなってお金がない男性は嫌いです。なんて言ったら世間からは冷たい目で見られ高飛車女と批判されるだろう。

でも、私の好みはそうなのだ。

「背が高い人が好き」「痩せてる人が好き」「つり目のクールなイケメンが好き」という好みと同じように、私は「それなりの経済力がある人が好き」なのだ。

その位の年齢になってある程度の年収や貯金のない人は、好きではないのだ。

それなのに、どうしてみんなは私の性格が悪いと怒るのだろう。

でもこんな想いを言ったら周りから酷い奴だと言われてしまう。

私はひどい奴じゃない・・・そう思って1年間も我慢してしまった。

結婚しても旦那さんと家賃や光熱費を出し合っている共働きの家庭は少なくはない。

でも、結婚したら女は男が養うものという昭和な家庭に育った私にはそれが耐えられなかった。

今のご時世でそんなこと言ったら大ブーイングかもしれないが、私はこの考え方が好きだ。

男たるもの自分の女に苦労はさせない、という一種の愛情のような物を感じるからだ。

お金の苦労は、本当に辛く苦しく、醜い。

それを知っているからこそ私の父はモラハラに近い表現ではあったが死ぬ気で働き財を築いたのだろう。

___そう、私の家は割とお金持ちだった。

それなのに『半分こ』の教育をトラウマになるほどした母親は、「あそこの家はお金持ちだから子供がワガママなのよ。」と言われるのを極端に恐れていたように思う。

だからこそ私達姉妹に過剰なまでの謙虚さや優しさを押し付けたのだろう。

残念ながら真逆に育ってしまった私達は、お金のない人生は嫌だね。とフレッシュジュースが1杯1,600円もするようなカフェでお喋りをする。

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半分こが絶対に嫌な私達は自分の力で稼ぎ出す事を早くに学んだ。

私は大手の給料のいいIT会社に就職し死ぬ気で5年間働きノウハウを身に付け、今は自分の会社を立ち上げている。

大変な事も多いが時間に縛られることなく満員電車からも解放され、勤めていた時の2倍近い給料がある。

妹は営業職に就いたが会社でどんなに成績を上げても半分こどころか給料に反映されることはなく何故かパッとしない男性社員の給料の方が良かった。

そして入社3年目で会社を辞め六本木のキャバクラ嬢になった。

あまりに急な事でビックリはしたが、馬鹿ではない彼女が何故その道を行ったのかは何だか理解できたような気もした。

容姿端麗で頭の回転も良く気が利く妹がナンバーワンになるのに時間はかからなかった。

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六本木で時給7,000円スタート、そのうち時給ではなく自分の売り上げ折半となった。

この時妹は生れてはじめて“半分こ”が嬉しかったという。

そして30歳になる前に引退し、マンションを買い(もしくは買ってもらって)今はたまのパパ活でのんびり生活している。

「よく考えたらさ、パパ活ってキャバクラと同じようにお酒を飲んでお話して“半分こ”じゃなくて丸々一個もらえるんだよ?」

体は売らないというポリシーがあるのに、パパ活で月に200万円以上稼いでいる妹の才能に私はたまに嫉妬する。

「もう少ししたら田舎に自分用の不動産を買ってゆっくり穏やかに暮らすんだぁ。」

そんな事を言う妹に900円の大戸屋のランチすらご馳走してもらえない彼氏の話をするのは辛い。

「なんで別れないの?早く別れればいいじゃん」

もっともな意見に返す言葉もない。

「お金の事さえなければそんなに不満はないんだもん…それさえもっと良くなれば。」

「ならないよ。」

ぴしゃりと遮るように妹は言った。

「大体、34歳にもなって貯金もなくて社会保険入れてくれないような会社に勤めてる奴が今更どのタイミングでそうなるの?」

ぐうの音も出ない。

「でも、彼はもしかしたらダイヤモンドの原石かもしれないんだよ?もし今失って後でやっぱりダイヤだった!って輝いていたら悔しすぎる。」

「ダイヤって…その歳までそうゆう人って、きっとこの先もずっとそうだよ。ずっとお金の事で喧嘩して分かり合えないよ。」

友人達からも100万回は言われた言葉を今日も聞いて私はとぼとぼと家に帰った。

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「もう夕飯食べた?」彼から連絡が来て私達は一緒に夕飯を食べる事になり駅で待ち合わせた。

何を食べようかと話しながら歩いていると彼は焼き肉が食べたいなぁと言った。

じゃあそうしよっか、と歩き始めて店の前に着いた時、私はレジ前の会計を想像してしまった。

そして自分でもびっくりしたのだけれど「やっぱり、コンビニで好きな物買ってうちで食べよう。」と言った。

彼は少し不満げに、「いいけど…」と言い二人でコンビニに向かった。

450円のお弁当と580円のお弁当。私はコンビニで飲み物を買わないと決めている。

彼からはケチだなと言われるが、今までいろいろな中小企業の社長たちを見てきてこういう人間がそれなりの規模の経営者になれるのだと私は確信している。

彼は缶ビールを2本手に取った。

1595円。半分にすると798円。

お笑い番組を見ながらのんびりと一緒に食べるささやかな夕飯。

私はこの時分かったのだ。

半分こが嫌な理由は、いつも半分に分ける方だったからだ。

半分を貰える方ではなかった。

いつも自分に丸々一個ある美味しいお菓子は大して仲の良くないその場にいる友達に分けなくてはいけなかったし、

新品の綺麗なクレヨンは忘れた子に図々しく使われた。

お酒を飲めない私の行く飲み会の会計は人数で割られ、数回しか会話したことのない名前もうろ覚えの同僚の結婚祝いの品をみんなで割ろうと言われる。

今日、ジュースも買わずに彼より130円も安いお弁当を買ったはずのは私は何故か800円を彼に渡している。

独りで買えば500円で済むところを!!!

なんて器の小さい話なんだろう。

でも、これは私の心のモヤモヤを確実に占めている大きな問題だった。

別の男性と行けばご馳走してもらえるはずの食事や、特別扱いしてくれているようなほんのちょっとの心地よさを捨ててまで今の彼氏と一緒にいたいと思えるか。

私は大前提に、『半分こは少なく見えちゃうから悲しい』のだ。

半分こは、私にとって決して“半分”ではない。

50%ではなく0…むしろマイナスにすら感じてしまう。

心が荒んでいく。

『悲しみは半分、喜びは2倍』になんてならなくていいから、普通に一人分の悲しみと喜びを味わいたい。

決して半分こになる事のないように、一人が一個を丸々もらえて満足できるような暮らしをする事こそが普通に幸せだと感じる。

というかそもそも、一つしかないから喧嘩にもなるし分けるという優しい気持ちにもなる。

でも、初めから人数分ちゃんとあれば優しい気持ちにはなれなくても喧嘩もないし何の感情も生まれないのでは?

もしどうしても半分こする局面が来たのなら、私は『半分分けてもらえる方』でありたい。

 

テレビでは『マサコデラックスの知らない世界』というバラエティー番組が始まっている。

世界の美しい宝石たちを目の前にして宝石マニアが熱く宝石について語っていた。

『世界一硬い鉱物とされるダイヤモンドは傷つく事はないが、ある一定の方向に力を入れると欠けてしまうんですよ。』

え?私は耳を疑った。

『ダイヤモンドは正八面体の結晶でその一面にへき開面と言う結合のゆるい部分があります。そこを平行に力を加えると比較的簡単に割ることが出来るのです。』

…ゆるい部分。

宝石マニアは、目を真ん丸にして驚くマサコデラックスに気を良くしてさらに興奮気味に続けた。

『欠けたダイヤを着ける事は事態をさらに悪化させます。一度欠けてエッジが出来ると、そこから新たな欠けが生じてどんどん悪化してしまうのです。』

ダイヤモンドは割れないと思っていた私はその話を聞いて凄く驚いた。

しかも欠けを放置しておくと事態が悪化するなんて…

ふと、思った。

ここで言う『じたい』は“事態”なのか“自体”なのか。

『彼は、ダイヤモンドの原石かもしれないのよ。』頭の中で昼間の会話がこだました。

のん気に缶ビールを2本、美味しそうに飲む彼を見て。

私は今日、この人と一緒に歩く道を“半分こ”する事に決めた。

***

おしまい

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